「人生とは糞ゲーです。キャラメイクもできず、セーブもできない糞ゲーです」
東京都でフードデリバリーの仕事をする橋田さん(仮)、30歳。人生とは何かと尋ねると、迷いなくそう答えた。
思いつきの比喩には聞こえない。20代をパチンコ・パチスロの「期待値稼働」で生き延び、今もフードデリバリーの依頼を同じものさしで判断しているHさんにとって、人生をゲームに例えることは、笑い話であると同時に、いちばん実感に近い言い方なのかもしれない。
座右の銘は「期待値は絶対」。
「一回の結果は運の要素が絡んで負ける事もありますが、長い目で見たら理論値通りの結果になる。それが期待値だと思います」
選べなかった初期設定。身につけた攻略法。今も受け続けているクエスト。手に入れた当たり要素。そして、見えないエンディング。橋田さんの30年を、彼自身が使う”ゲーム”の言葉に沿ってたどってみる。
橋田さん(仮) HASHIDA
30歳|東京都|スロプロ・フードデリバリー
東京都出身の30歳。現在は個人事業主として、フードデリバリーの仕事に携わっている。20代はパチンコ・パチスロのデータを分析し、「期待値」を重視した立ち回りで収入を得ていた。現在もその考え方は、配達の仕事や日々の選択に通じている。
「期待値は絶対」
WHAT WE DON’T CHOOSE
初期設定——選べなかったもの
「初期ステータスは普通ですが、伸び代なしって感じじゃないですかね(笑)」
自分の始まりを、橋田さんはそう表現する。
東京都生まれ、東京都育ち。家族は父、母、二人の妹。現在も時々会うのは父親だけで、妹たちとはほとんど顔を合わせない。母親との関係についてはこう話している。
「小学生高学年ぐらいからそりが合わず、今でも仲良くないからですかね」
幼少期を一言で表すなら「問題児」。
「とにかくよく怒られてました(笑)」
先生や親から何を言われていたか尋ねると、覚えていないという。
「何言われても聞いてなかったので覚えてません。結果、今です(笑)」
家庭環境について、最初は「普通」と答えていた。しかしあらためて聞くと少し違う言い方になった。
「難しいですね(笑)。確かに父親以外とは冠婚葬祭ぐらいでしか会わないので、普通じゃないと言えば普通じゃないのかもしれません(笑)」
一方で、小学1年生から中学3年生までの9年間サッカーを続けている。理由を聞くとこう答えた。
「チームメイトが気の合う奴ばっかだったからですかね〜」
高校は帰宅部だったが、3年生あたりから格闘技のジムに通い始め、22歳頃までキックボクシングを続けている。「初期ステータスは普通で伸び代なし」という自己評価とは別に、9年間と数年間、続けてきたものが実際にはある。
LEARNING THE RULES
攻略法を覚える——期待値という考え方
橋田さんが「期待値」という言葉を知ったのは、パチンコ・パチスロの勝ち方を調べていたときだった。
「パチンコ、スロットの勝ち方を調べていたら出てきました」
考え方はシンプルだ。一回の結果には運が絡み、勝つこともあれば負けることもある。それでも同じ条件で試行を重ねていけば収支は理論上の平均値、つまり期待値に近づいていく。橋田さんはこの考え方に沿って、20代をパチスロで生活していた。
「抽選→判別→打ち切りorエナ。積もれなかったら店舗移動も」
「エナ(ハイエナ)」は、他の客が見切りをつけて離れた台の中から、当たりやすい状態のものだけを選んで打つ立ち回りを指す言葉だ。橋田さんの場合、勘には頼らなかった。
「サイトセブン見て、特定日のデータは全部スプレッドシートにまとめてましたね」
サイトセブンという出玉情報サイトでデータを確認し、店の傾向を記録し、当日は抽選から入って条件を見極める。うまくいけば打ち切り、いかなければ別の台か店を探す。
もっとも印象に残っている出来事を聞くと迷わずこう答えた。
「初めて一撃6万発出した時ですかね。渋谷のエスパスで北斗無双」
——そのときはどんな気持ちでしたか。
「脳汁出過ぎて軽く気持ち悪くなりましたね(笑)」
いちばん嬉しかったことを尋ねたときも、「マイジャグがペカった事」という答えが返ってきている。結果が光や数字ではっきり見える瞬間に分かりやすい快感があったのだろう。
お金に困らないほど勝てていたのに、橋田さんはこれを主な生活の手段にすることをやめている。
「シンプルにつまらなくなったからですかね。あとは現行機は荒すぎて、試行回数が足りないと簡単にパンクするからです」
理論上プラスの選択でも、それを実際の勝ちに変えるには十分な試行回数と資金がいる。その前提が崩れていったことと、遊びとしての熱が冷めていったこと。二つが重なって橋田さんはパチスロと距離を置いた。
「作業だとは感じつつ、楽しさもあったと思います」
THE QUEST CONTINUES
今も受け続けているクエスト——フードデリバリーという働き方
攻略法そのものは変わっても、判断のものさしは引き継がれている。
現在、橋田さんは個人事業主としてフードデリバリーを主な生業にしている。パチスロから完全に離れたわけではなく、配達の手が空いた時間には、今も足を運ぶことがあるという。始めた理由と、気に入っている点を聞いた。
「好きな時に始められて、気が向かない時は休めるところ。始めた理由も同じです」
嫌いな部分もある。
「いつ稼げなくなるか分からない所ですかね(笑)」
依頼を受けるかどうかの判断にも、期待値の考え方が生きているという。
「単価が微妙でも、クエストやリワード込みでプラスだと思ったら受ける。結果1週間で見たらそこそこ稼げてる、みたいな。期待値稼働と似てるような気がしますね」
一件の単価ではなく、一定期間の収支で見る。パチスロの台が配達の依頼に変わっても、判断の軸は変わっていない。
これまでの仕事を通じて学んだことを聞くと、率直な答えが返ってきた。
「学べた事→働くのはめんどくさい。学べた事その2→世の中頭おかしい奴がいっぱいいる」
最初に経験した仕事は、高校生の頃に派遣で参加したイベント会場の設営だったという。そこから今の働き方にたどり着くまでの間に、きれいな成功談があったわけではなさそうだ。
THE WINS HE NEVER COUNTED
手に入れた当たり要素——お金と、数えていない友情
「当たり要素はないですね」
橋田さんはそう言い切る。それでも話を聞いていくと、当たりと呼べそうなものがいくつか見つかる。
ひとつはお金だ。
子どもの頃からの夢を尋ねると、「強いて言うなら金持ちですかね」という答えが返ってきた。憧れる人物像も明確だ。
「女にモテて金もあって、何一つ不自由ない生活できる人間が憧れですね」
20代のパチスロ生活について、感謝していることを尋ねると、こう話している。
「パチンコパチスロのお陰で、20代の時お金に困らなかった」
今の生活で一つだけ自由に変えられるなら何を変えたいか、という問いには「一生働かなくても困らないぐらいの口座残高に変えたい」と答えた。お金以外に欲しかったものを聞いても、答えは変わらない。
「ないですね(笑)。昔も今も金が欲しいですし、金があれば困る事はないと思っています」
もうひとつは友人関係だ。
いちばん大切な人を尋ねると、橋田さんは「正直いないですね」と答えている。恩師も「そんな人はいません」。結婚願望もなく、「とっくに諦めてます」と笑う。
その一方で、今も付き合いのある友人についてこう話している。
「今でも会ってるのは小学生の時から付き合いある奴ばっかりですね」
長く続けるコツを聞いても、特別な答えはなかった。
「特にないです(笑)。ただ昔も今も家が近いので、しょっちゅう会ってるだけです」
大切な人はいないと言いながら、20年以上続いている関係がある。橋田さん自身はそれを「当たり要素」として数えていないようだが、本人の自己評価と、実際に続いてきたものとの間には、ずれがあるのかもしれない。
THE ENDING OUT OF SIGHT
見えないエンディング——消化試合というステージ
将来像を尋ねたときの答えは、こうだった。
「ないですね。このまま野垂れ死ぬんじゃないでしょうか」
ここ2〜3年、「生きていてつまらない」と強く感じるようになったという。かつて好きだったものが、ほとんど楽しめなくなった。
「パチンコ、スロット、ゲーム。むしろ好きだったものほぼ全てですかね」
一日の中で少しだけ気分が軽くなる瞬間を尋ねても、「ないです」という答えだった。休日は自宅にこもり、一人でゲームをして過ごすことが多い。特に好きなのは、難易度の高い内容をソロで攻略することだという。
「オンラインも好きですが、基本ソロが好きですね。高難易度のものをソロでクリアした時の達成感が好きです」
いちばんつらかったことを聞いたときの答えは、過去の出来事ではなかった。
「後何年生きなきゃいけないんだって考えてる時なんで、現在進行形ですかね(笑)」
これまでで最も大きな挫折を尋ねると、こう返ってきた。
「人生、挫折しそうです。来世に期待」
理由を聞くと、次のように話している。
「シンプル生きててつまらんです。もう人生、消化試合みたいなとこありますし。金持ちになりたいですが、金があったところで暇つぶしのレパートリーが増えるだけでなにも変わらん気もしますし!結果、何しててもつまらんのですよ」
最大の失敗を尋ねたときの答えも、同じ地続きにある。
「生まれてきた事ですかね」
現在地をゲームのステージにたとえてもらうと、「エンディングまでの消化試合って感じですかね」という答えだった。セーブもリセットもできないまま、それでも今までゲームオーバーにならず続けてきた理由を尋ねると、橋田さんはこう答えている。
「安楽死できないからです!」
今の社会に何かメッセージはあるか、という質問には、少し考えたあとにこう答えた。
「難しいですね(笑)。とりあえず安楽死を」
NO SAVE, STILL HERE
セーブはできなくても——20歳の自分へ
橋田さんは、人生を変えた出来事は「ない」と言う。
「変わったのではなく、全て運命だったと思ってます」
人生に一つだけアップデートを入れられるとしたら何を選ぶか、という質問への答えは、最後まで一貫していた。
「口座残高——いや、資産アップデートします!」
期待値のある選択を積み重ねれば、長期的な結果は理論値へ近づいていく。それがHさんの一貫した考え方だ。ただ、人生というゲームには、何を何回試せば理論値に収束するのかを示す数値がない。同じ30年をやり直して比較することもできない。
20歳の自分に、今だから伝えたい言葉を尋ねた。
橋田さんは、こう答えた。
「意外とまだ生きてるよ」
取材後記
今回のやりとりは、直接お会いしての取材ではなく、文章での回答と、その後の追加インタビューでの文字のやりとりだけで進んだ。声も表情も分からないまま、画面の向こうにいる橋田さんの言葉だけを何度も読み返すことになった。
印象に残っているのは、いちばん重い内容ほど「(笑)」で締められていたことだ。「生まれてきた事ですかね」「後何年生きなきゃいけないんだって考えてる時」「とりあえず安楽死を」。どれも冗談として片付けられる書き方だったが、そのまま笑い話として読んでいいのか、最後まで判断がつかなかった。
「当たり要素はないですね」と言い切る一方で、20年以上続く友人関係や、9年間のサッカー、20代を支えた期待値稼働の記録がある。本人が「当たり」だと思っていないだけで実際には積み重なっているものがあるように見えた。ただそれを勝手に「実は幸せの種がある」とまとめることはしたくなかった。橋田さんがそう思っていないなら、それが今の橋田さんの実感なのだと思う。
「意外とまだ生きてるよ」という20歳の自分への言葉を、この記事の最後に置いた。前向きな結論として書いたつもりはない。ただ、この短い一行以上に、今のHさんを言い表せる言葉を、こちらから足すことはできなかった。
※本記事は、ご本人へのアンケートおよび追加インタビューをもとに構成・編集しています。
この記事は実在の人物へのインタビューを基に構成しています。生きることへの虚無感やつらさを抱えている方は、一人で抱え込まず、身近な人や専門機関に相談することも選択肢の一つです。


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